アウクスブルクは、ロマンチック街道の町のなかで最大の都市であり、また最古の歴史を持つ町です。
ローマ皇帝アウグストゥスによって紀元前15年に、軍事拠点「アウグスタ・ヴィンデリコールム」として築かれたのが町の始まりです。
8世紀になると、司教座の町となりますが、重要な商販道路の交点であるが故、11世紀初め頃から商業都市として発展していきます。
1274年には帝国自由都市となります。15世紀から16世紀にかけて、「フッガー家」の台頭もあり、アウクスブルクは黄金期を迎えます。
この時代、アウクスブルクにはドイツルネッサンス様式の建築、芸術が花開きます。また皇帝の訪問や、ここでの帝国議会の招集は多数行われました。このことからも町の繁栄ぶりと、世界を左右するほどの権力と財産を持っていたことがわかります。
18世紀頃から繊維工業が盛んになり、近代工業都市となります。
しかしそれ故に第二次世界大戦では連合軍の激しい空襲を受け、ほぼ全壊に近い被害を受けます。
大戦後、忠実に再現作業が行われ、アウクスブルクは2000年の歴史を持つルネッサンスの都市として、ドイツ屈指の商工都市として今日に至っています。
アウクスブルクは数々の有名人を送り出しています。作曲家モーツアルトの父、レオポルト・モーツアルトや飛行機で名を残すヴィリー・メッサーシュミット、ディーゼル機関を発明した、ルドフル・ディーゼルなどです。
アウクスブルクは日本の尼崎市と長浜市と姉妹都市の関係にあります。これらに関した展示が市庁舎で見ることができます。
2003年5月24〜5日にかけて、このアウクスブルクとフリートベルクをまわってきました。最初の目的地はアウクスブルクです。
ヴュルツブルクからアウクスブルクまでのアクセスは容易であり、1時間に1本の割合でICEまたはICが走っています。ICEはニュルンベルクを通っていくのと、直にアウクスブルクに行く(アンスバッハの方を通る?)のがありますが、どちらでも所要時間はおよそ2時間です(10分程度、直に行く方が速い)。
アウクスブルクはドイツ鉄道の要所なので発着する列車も多く、駅自体もでかいです。駅から中心部(市庁舎前)までは歩いて約10分です。
中央駅から歩いて約10分で、アウクスブルクの市庁舎にたどり着きます。
市庁舎のすぐ横にはペルラッハの塔がたち、この2つの建物は町の繁栄を象徴してるかのようです。
このアウクスブルクの市庁舎は、1615〜20年に、建築家エリアス・ホル(Elias Holl)によって建てられました。ドイツ・ルネッサンス時代の最高傑作といわれ、アルプスより北において、最も美しいと言われています。
ただ、残念なことに第二次世界大戦で、市庁舎はほぼ全壊し、忠実に修復され現在に至っています(黄金の間は1989年に修復が完了)。
またこの市庁舎で忘れていならないのが黄金の間(Goldner Sall)です(大人2ユーロ)。アウクスブルクの繁栄を象徴するこのホールは、その名のごとく、ふんだんに金が使われています。ただ、ベースが木でできた部屋なのでこてこてのケバサはありません。
市庁舎前の広場(Rathaus Platz)は、噴水や出店も出ておりとても賑わっています。また広場には観光案内所もあります。
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アウクスブルクの市庁舎とペルラッハの塔。手前がRathaus Platz。 |
市庁舎。見事なルネッサンス様式の建物。右下の門から中に入ります。入ってすぐにお土産屋があり、品数が充実しています。 |
市庁舎の上方には帝国十都市の象徴の双頭の鷲をアウクスブルクの紋章「松ぼっくり」。 |
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とても賑わっているRathaus Platz。 |
市庁舎斜め前に立つ、噴水(Augustusbrunnen)。町の1600周年を記念して、1594年に作られた。 |
中心の像はアウクスブルクの設立者である、アウグスティヌス。周りは4つの川のシンボル像。 |
アウクスブルクの市庁舎すぐ横の、高さ76mの塔がペルラッハの塔です。
1612〜8年(1614〜1616?)にかけ、市庁舎を建てた、建築家エリアス・ホル(Elias Holl)によって塔の部分が足されました。
土台の部分は実は教会です。このSt.Peters教会は1182年に建てられています。
ペルラッハの塔は市庁舎と逆側の入り口から登れます。タマネギ型の屋根の所まで登ると眼下にはアウクスブルクの町が広がります。天気のいい日はアルプスも見えるそうです。