「東ドイツの中にベルリンがあるんだけど、ベルリンは西と東に分かれている。西ベルリンは西ドイツの一部で、東ベルリンは東ドイツなんだよ」と、かれこれ10年以上前の小学校時代にはこう習ったと思います。当時はベルリンという名前だけ走ってはいたものの、小学生なので時代背景などはよくわからず、なんだかとっても複雑な事情なんだなと思っていました。
東西冷戦の代名詞ともいえたベルリン、1989年にベルリンの壁が崩れ、壁の上に人が大勢登っていたのを僕はテレビで見ました。時代が変わったのが目に見えてわかる瞬間でした。ベルリンの壁の崩壊は1980年代の最大の出来事だったのではないでしょうか。
その後東西ドイツが統一され、首都もベルリンに戻りました。時代の渦に翻弄されたベルリンは現在、あちらこちらで工事をしています。2006年にドイツ(ベルリン?)でサッカーのワールドカップが開催されますが、それにあわせて工事が進行しているようです。
数年後には今と違ったベルリンになっているかもしれません。このドイツ最大の都市ベルリンにイースターの休暇(4/18〜21)を利用して行ってきました。
ヴュルツブルクからベルリンまでは結構遠いです。少なくとも日中はベルリンへの直通はありません。(ミュンヘンよベルリンを結ぶ夜行がある?)
ヴュルツブルクからICEでハナーウまでいき(ハノーバーで乗り換えも可)、そこからベルリン行きのICEに乗り換えます。トータル4時間強かかりました。切符代は片道85.20ユーロ。
このベルリンまでのルートだと列車の本数も1時間に1本はあり、乗り換えのタイミングもよくアクセスはしやすいです。
でもベルリンまでの道中、イースター休暇だったこともあり、予約なしでは全然座れませんでした(というかですね、ぜーんぶ予約席なんだもん)。次回から予約してやる!と心に誓った瞬間でした。
しかもです!18日はヴュルツブルクはそう寒くはなかったのですが、ベルリンに着いたら「冬やん!」と思うくらい寒かったです(間違いなく気温10度以下)。ICEで隣に座っていた(床だけど)お兄ちゃんが、ベルリンに着く直前に厚手のコートをごそごそとバックから出していました。
S市に在住のKさんは、12月にベルリンに行ったときに「ベルリンはすごく寒かった」といっていましたが、4月にいった僕も最初の印象は「ベルリンはすごく寒かった」でした(笑)。19日にはとっても寒い強風の中、小雨がぱらつく有様。でも20日、21日は、ベルリンもとっても暖かく過ごしやすかったです。
![]() |
![]() |
![]() |
オイロパセンターにあるベルリン観光案内所。このほかにもブランデンブルク門、テレビ塔の所にもあります。 |
ベルリン日本語パンフ。2種類売ってました。 |
ベルリン ウエルカムカード。ベルリン市内とポツダム市内の交通機関が72時間乗り放題+観光地のクーポン付き。19ユーロでした。 |
ツォー駅横の大通りをオイロパセンター方向に少し行ったところにある、崩れかけた建物がカイザー・ヴィルヘルム記念教会です。
この教会はもとは、1891年から95年にかけて、1888年に死去したドイツ皇帝ヴィルヘルムのために建てられた、ロマネスク様式の教会でした。しかし1943年の空襲で破壊されてしまいます。戦後、この教会は修復されずにそのままの姿で保存され、戦争の悲惨さを今に伝えています。
1963年にこの壊れかけた教会の隣に、現代的な建物のカイザー・ヴィルヘルム記念教会が建てられました。
![]() |
![]() |
![]() |
ツォー駅側から見たカイザー・ヴィルヘルム記念教会。 |
上部拡大。炎上した跡か、真っ黒です。 |
違う角度から見たカイザー・ヴィルヘルム記念教会。横の現代的な高い建物が1963年に建てられた教会。古いものと新しいものの調和もベルリンで多く見られます。 |
ベルリン中心部から少しだけ離れたところに、ホーエンツォラー家の宮殿である、シャロッテンブルク宮殿はあります。
シャロッテンブルク宮殿は1695年に初代プロイセン王フリードリッヒ1世(建設当時は選帝侯フリードリッヒ3世)とゾフィー・シャロッテの夏の別荘としてアーノルド・ネーリンクが設計し、建てられました。
1701年に王位を継承すると、ヨハン・フリードリッヒ・エオサンダー・ゲーテによって、宮殿の拡張工事が行われました。しかしフリードリッヒ1世がこの世を去る1713年にはまだ宮殿は完成していませんでした。
1740年にフリードリッヒ大王が政権を取ると、シャロッテンブルク宮殿の工事が再開され、ゲオルグ・ヴェンツェラウス・フォン・クノーベルスドルフにより、ロココ芸術の代表作ともいえるノイエル・フリューゲルが建てられました。
その後も改装工事が行われ、1790年に最終的に現在のような形になります。しかし1943年の空襲にってほぼ全壊してしまいます。戦後修復され現在に至っています。
シャロッテンブルク宮殿はツォー駅からU2のSophie-Charlotte-Platz駅からてくてくと10分くらい歩いて行きました。バスでもいけるらしいです。
中はいくつかの部分に分かれています。まず宮殿中央部にいきました。ここはガイドツアーでの見学となります。およそ10分おきにツアーは出発します。
ガイドはドイツ語ですが、日本語の解説を貸してくれます(日本語の簡単なパンフも売っています。50セント)。所用時間は1時間弱。
2000(2600?)もの陶器が飾られた陶器の間はすごかったです(地震があったらどうしましょう)。
2階は自由に見学できる展示があります。ここには銀食器が、実際に食事をする際のようにテーブルに並べられていておもしろかったです。実は2階は別料金かもしれないです。要注意。
公園内には他にも見るべきところがいろいろあります。時間が許す限りゆっくりまわって下さい。
![]() |
![]() |
![]() |
シャロッテンブルク宮殿前の銅像。 |
ALBERECHT (Prinz von Preussen)だそうです。 |
入場券。青はベルリンおよびポツダムのお城にすべて入れる券。赤色は青色+サンスーシ宮殿には入れるもの(サンスーシ宮殿でのみ販売)。いずれも有効期間は2日。パンフはシャロッテンブルク宮殿で売っている日本語のパンフ。 |
シャロッテンブルク宮殿の前に、エジプト博物館があります。個人的に今回のベルリン旅行の最大の目玉の一つでした。
プロイセン文化財国立博物館のコレクションのうち、紀元前3000年から西暦300年頃に至るまでのエジプト文化財が展示されています。
入り口横で日本語の音声ガイドを貸してくれます。これを聞きながらまわって下さい。
エジプト博物館は2007年頃に、旧東ベルリンで展示されていたエジプト美術のコレクション(現エジプト博物館は旧西ベルリン)と統合され、博物館の島に移転予定です。統合後の博物館が待ち遠しいです。
初日はここで終わり。明日は議事堂からスタートです。
注:2006年現在、エジプト博物館の展示物は旧博物館にて展示されています。
![]() |
![]() |
![]() |
ベルリンのエジプト博物館。シャロッテンブルク宮殿の目の前(左側)にあります。 |
入ってすぐ、右側の部屋にある、王妃ネフェルティティの胸像。エジプト博物館の誇るあまりにも有名な収蔵品の一つ。 |
カラブシャ神殿の門への部屋の入り口にある石像。左側にもう2体あります。 |