市庁舎広場に面して、新旧2つのフライブルクの市庁舎が建っています。
茶色の旧市庁舎は、1303年に初めて建てられ、16〜17世紀にかけて拡張されてきました。1497〜8年にかけては、マクシミリアン1世により、ここで帝国議会が招集されています。1901年まで市庁舎および市議会場として使われました。しかし1944年の爆撃により一部を除いてほとんど破壊されてしまいました。1975〜9年にかけて市民の寄付により再建されています。
新市庁舎は1539〜45年にかけて建てられました。1578年にいったん大学の所有となりますが19世紀末に再び市の所有となり1901年から市庁舎として使われています。幸いにも新市庁舎は戦災を免れました。
市庁舎の前にはフライブルクの市旗および姉妹都市の市旗がカラフルな石によって描かれています。姉妹都市である松山市の市旗も描かれています。
フライブルクには中世の市門が現在2つのこっています。マルティン門(Martinstor)とシュヴァーベン門(Schwabentor)です。
マルティン門は町の南を守る門で、その高さは63メートルあります。13世紀初期に建てられました。
シュヴァーベン門も13世紀に立てられた門です。この門には市内側には商人と馬車の絵が、外側にはフライブルクの守護聖人・聖ゲオルクが龍を退治している絵が描かれています。
商人はシュヴァーベン出身に人と言われ、馬車の樽の中には実は砂が入っています。これはシュヴァーベンの商人がフライブルクを買おうとし、その代金として樽に金を入れてきたつもりだったのですが、実は商人の妻が樽の中を砂に入れ替えていました。金を入れてきた「つもり」の商人はこの門をくぐってフライブルクに来たのですが樽を開けてビックリ。あわてて帰ったということです。でもこの話、真実かどうかは不明だそうな。
市庁舎広場に面して、聖マルティン教会があります。
この教会の前身はフランシスコ会の聖堂であり、14世紀に建てられました。1784年から聖堂区教会となりました。19世紀後半にネオゴシック調の装飾が施されました。戦後に再建され、近代的な内装となっています。