ゴスラーは豪華な装飾が施された木組みの家で知られる、ハルツ地方の小さな町です。
ゴスラーの歴史は大変古く、10世紀初頭にはすでに集落が形成されていました。この町の発展を決定的にしたのが968年のランメルスベルク鉱山の発見です。これがきっかけとなり1050年に神聖ローマ帝国皇帝ハインリッヒ3世がこのゴスラーに城を建てます。これに伴いいくつもの帝国議会が開かれ、ゴスラーは一時ヨーロッパの中心となっていました。
1253年に最後にローマ皇帝がこの地を訪れた後、ゴスラーの本当の発展が始まります。13世紀末にハンザ同盟に加入し、また帝国自由都市となります。鉱山から銀が採掘され町は大いに発展しました。
しかしランメルスベルク鉱山の発掘に伴い、次第に排水と鉱石の排出が困難となったために14世紀中から15世紀中旬まで町の発展はほぼ停まってしまいました。1460(1450年?)に技術革新により銀の採掘が再開されすと、町は再び大いに反映します。
しかし1500年頃から、ゴスラーはブラウンシュヴァイク公との戦争が始まりそれに敗北してしまったために、1552年にランメルスベルク鉱山とハルツの森林の大部分を失ってしまい、ゴスラーは地方の小さな町に転落してしまいます。1803年の神聖ローマ帝国の解体に伴い帝国自由都市の特権も失われます。現在このゴスラーの発展を支えたランメルスベルク鉱山とゴスラーの町は世界遺産に登録されており多くの観光客が訪れるようになりました。
このゴスラーに2003年12月22日に行ってきました。ハノーファーに宿泊していたのでここから鉄道での移動です。ゴスラーまでは約1時間15分くらい。直通列車で寝ていれば着きました。
駅から町の中心までは歩いて10分程度。行った日は朝から雪の降る寒い日でしたが、きれいな雪景色のゴスラーを楽しむことができました。
ゴスラーの皇帝居城は、ドイツに現存する宮廷様式の建物ではもっとも規模が大きいといわれるお城です。
このお城は11世紀にロマネスク様式にてハインリッヒ3世が建てました。現在の建物は19世紀に修復されたものです。建てられた当時の皇帝は決まった居住地は持たず、領土内を転々と移動しながら支配していました。ハインリッヒ3世は20回以上ここを訪れています。また23回もの帝国議会がここで開かれ、シュタウフェン朝の皇帝フリードリッヒ3世の時代に最後の議会がここで開かれました。
2階の帝国の間には、ドイツの歴史を示した巨大な壁画があります。これを見るだけでもこのお城を訪れる価値はあります。さらにお城の端っこの地下にはウルリッヒ礼拝堂(St. Ulrich Kapelle)があり、ハインリッヒ3世の心臓が納められた石棺があります。
また皇帝居城の前の前には、ドーム入り口の間(Domvorhalle)があります。これは1050年にハインリッヒ3世によって建てられた聖シモン&ユダ教会(St. Simon ans St. Jude)の一部です。1820〜22年にかけて、荒廃した教会は取り壊されたのですが、この一部だけは残りました。