ハイデルベルク城 (Schloß Heidelberg)

ハイデルベルクのシンボル、丘に立つ城がハイデルベルク城です

ルプレヒト1世がドイツ国王に選出された1400年、ルプレヒト館が建設されます。その後この建物に続く形で、ルードヴィッヒ5世により、図書館、婦人館が建てられます。

1556年、ルネッサンス様式のオットー・ハインリッヒ館が建てられます。さらに50年後、その横にフリードリッヒ館が建てられます。この時代の城主、フリードリッヒ5世は、ハイデルベルク城を妃のために天延を作ったりと、お城は戦闘時の防御能力は著しく落ちてしまいます。

17世紀の、プファルツ継承戦争により、ハイデルベルク城は2度攻められます。特に2回目のフランス軍の侵攻は激しく、今見る壊れた火薬塔は、この時代に破壊されたものです。

宗教戦争で敗れたカール・フィリップはハイデルベルクを去ってしまいますが、その次のカール・テオドールが、廃墟となったこの城の修復をはじめます。しかし工事中の1764年、落雷によりハイデルベルク城は再び炎上してしまいます。カール・テオドールは天命を思い、以後のハイデルベルク城の修復工事は中止してしまいます。

19世紀になり、城の全面的な再建は行わないにしろ、現存する建物を保存する形での再建が行われます。その後、多くの有名人、観光客に愛されてハイデルベルク城は丘に有り続けています。

ハイデルベルク城へは、ハイデルベルクの町から約15分、坂道を歩くか、ケーブルカーを利用で行くことが出来ます。

ハイデルベルク城 城 城

秋のハイデルベルク城。紅葉とのコントラストが良い。

ハイデルベルク城の夜景。

夜景その2。

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ハイデルベルク城へと向かうケーブルカー。

入り口のBrüchenhaus(1541年造)と、Torturm(1541年造)。 。

Torturm。

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Torturmの騎士のレリーフ。

中央がTorturm、右が1400年造のルプレヒト館。左はÖkonomirgebäude(事務管理用館)。1508〜44年に建てられた。

左がフリードリッヒ館、右がオットー・ハインリッヒ館。

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Ouml;konomirgebäudeと右側に張り出しているSoldatenbau(兵士の館)。兵士の館で城内のツアーのチケットが買えます。

ルプレヒト館。城内のツアーはここから始まります。左が図書館(1520〜35年造)。

ルプレヒト館の入り口のレリーフ。二人の子供のなかに、コンパス(建築技師のトレードマーク)が入っています。

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婦人館。この中はホールになっていて、お金さえ払えば誰でも借りれるそうです。

1601〜7年造の、フリードリッヒ館。

ファザードの拡大。城に馴染みの選帝候などの像がはめられています。

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ファザードの像の一つ。

1556年造の、オットー・ハインリッヒ館。中は今は医薬博物館になっています。

ファザードの拡大。

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Gesprejgiter Turm(火薬塔)。1460年頃作られた。

角度を変えて、火薬塔。

下から見た火薬塔。壁の厚さは約6メータ。1693年にフランス軍により爆破され崩れ落ちている。

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手前がApothekerturm、奥がGlockenturm(1525年頃造)。

城の庭園。

Elisabertentor。1615年にフリードリッヒ5世が妃のために一夜にして建てた門。

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門の上のレリーフ。

牢獄塔。

Stüekgartenから見た、城。

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ゲーテ記念の石碑。

防御用の設備ロンデル(Rondell)。

StüekgartenからTorturmを見たところ。


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