ラウダ・ケーニヒスホーフェンは、周辺の12もの集落の集まった町です。
この町の歴史は古く、741年にケーニヒスホーフェン、1135年にラウダが文献上に登場します。
14、15世紀には都市権が与えられ、その後市壁が作られます。しかしその市壁は現在ではほんの一部を残して取り壊されています。しかし17世紀に建てられた、木組みの家は現在でも数多く残っています。
またラウダはヴュルツブルク同様、ワイン製造の盛んな町です。さらに周りには多くのサイクリング道があり、余暇のプログラムが充実していることでも有名です。そのため「家族に親切な町」ともいわれています。
2003年9月20日、レッティンゲンの後にラウダに向かいました。前述の通り、ラウダ・ケーニヒスホーフェンは12もの集落の集まりであり、とても広いためすべてを見ることは困難です。そこで観光局でも力を入れている、ラウダをまわりました。従って、ラウダ以外の地区(たとえばケーニヒスホーフェン等)には触れていません。
また要注意なのが、ヨーロッパバスは道路の関係上、ケーニヒスホーフェンに停まります。ラウダには停まりません。ケーニヒスホーフェンとラウダの間の交通手段は鉄道(ラウダ−バート・メルゲントハイムの間にケーニヒスホーフェン駅がある)があります。
レッティンゲンからラウダまでは一度ヴァイカースハイムまで路線バスで戻った後、鉄道でラウダに向かいました。ラウダへの鉄道でのアクセスはとても容易です。
ラウダの町の中心は、線路沿いにヴュルツブルク方向に10分ぐらい行ったところです。
マルクト広場は旧市街地の北にあります。
マルクト広場にある市庁舎は1979〜82年にかけられて作られた新しい建物で、市庁舎の目の前に1983年造の噴水があります。
たまたま、2003年9月20日はお祭りだったらしく、マルクト広場はマラソンの給水及び折り返し地点で多くの人でにぎわっていました。
マルクト広場付近の建物の幾つかも木組みの家。ここは木組みの家の多い町です。
タウバー橋(Tauberbrücke)は、ラウダの町から線路を越えたところにある、その名の通りタウバー川にかかる石橋です。
この橋は1510〜12年にかけて作られました。橋の上には1593年造の十字架像、1644年造のピエタのある石碑、1733年造のネポムク像があります。
この橋を渡ると、ケーニヒスホーフェンの集落(ちっとも近くないですが)の方に行くことができます。