ロッテンブーフはアマー川渓谷の高台にある、人口1600人ほどの小さな町です。
1073年、バイエルン公ヴェルフ1世がロッテンブーフの地に修道院を寄贈します。1090〜92年にはロッテンブーフはローマ教皇によってローマ教皇の修道院となります。これ以後修道院を中心として町は推移していきます。
しかし1803年の修道院の解体に伴い、修道院の属していた建物の大部分は取り壊されます。現在は付属教会が残るのみとなっています。
ロッテンブーフのワッペンは赤い葉が7枚ある赤ブナです。これは元は修道院の紋章でした。
今回の旅行の最後の目的地がロッテンブーフです。ロッテンブーフへはホーエンシュヴァンガウからヨーロッパバスを利用しました。ヨーロッパバスはロッテンブーフの中心部の近くの、郵便局前に停まってくれます。路線バスの場合は、一旦エッシェルバッハー橋(Echelsbacher Brücke)のバス停で乗り換えが必要です。
ロッテンブーフへはフュッセン、またはオーバーアマガウからの路線バスだけでなく、ショーンガウからの路線バスもあります。しかしショーンガウからの便は週末は思いっきり減便されます。
橋からロッテンブーフ中心部までは約3キロあります。歩くと30〜40分くらいかかります。路線バスも数は少ないですがあります。
ロッテンブーフの町の中心にマリア生誕修道院付属教会があります。
1073年、バイエルン公ヴェルフ1世がロッテンブーフの地にアウグスティヌス派の修道院を寄贈しました。1090〜92年にはロッテンブーフはローマ教皇によってローマ教皇の修道院となります。
教会は1262年、1322年に火事にあいます。1417年にはロマネスク様式の塔が崩壊してしまいます。1439年にProvost Georg Neumairによって再建されます。1470年からはゴシック様式へと改装されます。
30年戦争による教会の破壊後、1737年3月28日より、現在のロココ様式への教会の改修が始まります。天井のフレスコ画はマテウス・ギュンター(Matthäus Günter)、スタッコ装飾はシッムュツアー親子(Joseph Schmuzer, Franz Xaver)、装飾品はシュメードゥル(Franz Xaver Schmädl)らの手によるものです。
1803年、修道院の解体に伴い、修道院に属していたロッテンブーフの建物の大部分は取り壊されます。現在は付属教会の他に一部の建物のみが残るのみとなっています。
教会の中は華麗そのもの。まさにここまでくる苦労が報われる瞬間です。教会内には楽器を手にした天使たちが数多くいます。この教会をみるためだけでも、ロッテンブーフを訪れる価値は十分にあると思います。ヨーロッパバスでロッテンブーフを通過してしまうのはあまりにももったいないです。
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主祭壇上のフレスコ画。The continents(大陸?)がイエス(子供)を抱えるマリアに敬意を払う場面(以下結構怪しい訳が続きます・・・)。 |
天国の聖アウグスティヌスの場面 |
聖アウグスティヌスの魂はそのまま残り、「聖人の印」になった場面。 |