マリエンベルク要塞は706年建立のマリエン礼拝堂を囲みように13世紀初頭に築城したのが始まりです。
1253年〜1719年まで歴代の大司教領主の居城であり、城壁や稜堡で守りを固めています。マリエンベルク要塞の簡単な歴史は以下の通り。
| 現在の北側の宮殿、およびベルクフリートの建設が行われる。 | |
| 大司教領主がマリエンベルク要塞に住みかを構える。 | |
| 1308年〜 | 宮殿の南側が拡張される。最初の塔(現在のランダースアッカー塔)が建てられる。 |
| 1466年〜 | 宮殿の南側に隣接してシェレンベルグ門、および旧兵器庫が建てられる。深い堀と共に城壁が強化される。 |
| 1495年〜 | 宮殿がルネッサンス様式に改修&拡張される。 |
| 1525年〜 | マリエンベルク要塞は農民反乱の攻撃に遭う。 |
| 1573年〜 | さらなく拡張が行われる。南側にマリエン塔、西側に中庭、堀が作られる。 |
| 1631年 | 30年戦争でスウェーデン王Gustav Adolfに占領される。 |
| 1642年〜 | マリエンベルク要塞は新しいデザインに全面改修される。 |
| 1708年〜 | 新兵器庫が建てらる。宮殿とマリエン教会にバロック様式が適用される。 |
| 1711年〜 | 現在と同じ形に城壁が拡張される。 |
| 1720年〜 | 大司教領主が居城を市内へと移す。 |
| 1900年頃 | 使われない状態が続いたため、損傷が激しくなる。 |
| 1945年 | 3月16日、空襲にあい、城壁の大部分が破壊される。 |
| 1950年〜 | 修復され、現在のように2つの博物館が入る。 |
マリエンベルク要塞へのアクセスはアルテマイン橋がらの徒歩(路線バスもあり)で。
橋を渡ってすぐの交差点を斜め右の方(Zeller str.)に行きます。そしてまたすぐに3叉路を左に曲がって少しいくと、ノイトーア(Neutor)という門への道に出ます。
ここからは坂道。要塞にむかってずんずん登ると、赤色のノイトーアにたどり着きます。ノイトーアをくぐった後も坂を上ると、ようやく城壁内への門、シェーンボルン門(Schönborntor)へたどり着きます(路線バスはこの門の横のバス停に停まります)。
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マリエンベルク要塞のシェーンボルン門(Schönborntor)。この門をくぐって要塞内に入ります。 |
シェーンボルン門の中。まさに「要塞」というのが実感できます。 |
門を抜けると武器庫として使用されていたバロック様式の建物が現れます。現在はフランケン博物館が入っています。 |
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中庭にある井戸(TieferBrunner)。 |
井戸の中。深さはおよそ100メートル。いまでも水がたまっている(流れている?)のが見えます。ちなみにマリエンベルク要塞はマイン川よりも約100メートルの高さのところにあるとか。 |
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マリエン教会の後方のマリエン塔(Marienturm)。 |
井戸の後方のランダースアッカー塔(Randersackererturm)。別名太陽の塔(?)(Sonnetrum)。リーメンシュナイダーが閉じこめられていたといわれています。 |