レジデンツ (Residenz)

ヴュルツブルクのレジデンツは領主司教の宮殿として使われた建物で、1981年にユネスコの「世界の文化遺産および自然遺産の保護に関する条約」により、庭園と宮殿前広場を含む形で世界遺産に登録されました。

ヴュルツブルクのレジデンツは「宮殿中の宮殿」とも言われ、かのナポレオンが「ヨーロッパで一番美しい司教宮殿」と賞賛したと言います。

ヴュルツブルクのレジデンツはバルタザール・ノイマンが設計しました。

1719年にヨハン・フィリップ・フランツ・フォン・シェーンボルンが司教領主となると、司教領主が市内に住むための居館、すなわちレジデンツの建設が始まります(ちょうどこのころにある横領犯の裁判で60万グルデン、約1750万ユーロ相当の罰金を取り立てる。これがレジデンツ建設の資金となる)。

それまでは司教領主の居館はマリエンベルク要塞でした。

レジデンツの歴史は以下の通りです。

1719年ヨハン・フィリップ・フランツ・フォン・シェーンボルンが司教領主となる。
1720年5月22日、レジデンツ北翼の基礎がおかれる。
1724年ヨハン・フィリップ・フランツ・フォン・シェーンボルンが亡くなる。司教領主の座を引き継いだクリストフ・フランツ・フォン・フッテンがレジデンツの建設を中止させる。
1729年クリストフ・フランツ・フォン・フッテンが亡くなる。司教領主の座を引き継いだオーストリア帝国副首相だったフリートリヒ・カール・フォン・シェーンボルンがレジデンツの建設を再開させる。ルーカス・フォン・ヒルデブランドが設計に加わる。
1730年レジデンツ南翼の建設が始まる。
1735年レジデンツ本館の建設が始まる。
1744年12月30日、レジデンツ建物本体が完成する。
1746年フリートリヒ・カール・フォン・シェーンボルンが亡くなる。司教領主の座を引き継いだアンゼルム・フランツ・グラーフフォン・インゲルハイムはバルタザール・ノイマンを追放し、レジデンツは荒れ放題となる。
1749年アンゼルム・フランツ・グラーフフォン・インゲルハイムが亡くなる。カール・フィリップ・フォン・グライフェンクラウが司教領主となり、バルタザール・ノイマンをを再び呼び戻す。
1752〜3年ジョヴァンニバティスタ・ティエポロが階段の間のフレスコ画を描く。53年11月にティエポロは故郷イタリアへと帰り、その直後にバルタザール・ノイマンが亡くなる。
1774年宮殿広場が完成。(内装工事はまだ続く)。
1814年ヴュルツブルクが完全にバイエルンの一部となる(内装工事は取りやめとなる?)。
1821年名誉の中庭から格子戸が撤去される。
1945年3月16日の空襲によってレジデンツはほぼ全壊する。しかし設計の良さ、およびアメリカ軍の美術保護担当将校ジョン・D・スキルトンのおかげにより、ツィックとティエポロのフレスコ画はオリジナルのまま残る。
1981年レジデンツはユネスコの世界遺産に登録される。

ヴュルツブルクのレジデンツには多数の部屋がありますが、その中でも特に有名なのが、庭園の間(Gartensall)、階段の間(Terpprnhaus)、白の間(weiß Saal)、皇帝の間(Kaisersaal)です

庭園の間は正面入り繰りの奥にあり、1749年にアントニオ・ボッシが作成した漆喰、また1750年にヨハン・ツィックによって描かれた「神々の食膳」、「ディアナの休息」の天井画があります。ここの天使の一人には羽がありません。さあ捜してみましょう!

階段の間はレジデンツでもっとの有名なところであり、ノイマンの最高傑作といわれています。またここにはティエポロの描いた、世界で一番大きいフレスコ天井一枚画があります。本当の大きいです。びっくりするくらい。この絵は世界の4大陸を表しています。ちなみにアフリカ象の「耳」は逆になってます(像は想像で描かれたため)。よーくみてね!

階段を登ってすぐが白の間で、ここはその名の通り、白一色のスタッコ装飾された部屋です。これは次の皇帝の間が色彩豊かであるため、あえて白一色にし、視覚効果を計算しているためです。

ちなみにこのすぐ先にショップがあり、ここでレジデンツの日本語の案内を売っています(レジデンツ館内に日本語の案内は全くありません。ガイドツアーも英語とドイツ語のみ)。これをかってから先に進むのもよいかと。

皇帝の間はひときわ豪華な部屋で、華麗な金細工がふんだんにあしらわれています。ここのフレスコ画もティエポロが描いたもので、南側には1156年に行われた皇帝フリードリッヒとベアトリクスの結婚式を描いた物です。

皇帝の間から右側部分(謁見の間、鏡の間などがある)にはツアーじゃないと入れません

通常は鍵が閉められています。ツアーは英語とドイツ語があるらしいのですが、うまく紛れ込みましょう!(特に参加人数を数えたりしているわけではないので途中からも簡単に紛れ込めました。)

皇帝の間から左側部分は自由に見学でき、寝室、緑の間、インゲルハイムの部屋、あと絵画キャラリーがあります。ゆっくり見学して下さい。あとレジデンツは写真およびビデオ撮影は禁止です。

レジデンツの裏にはホーフ庭園(Hofgarten)がひろがります。是非ここからのレジデンツを見て下さい!

通り過ぎるだけでもいいです。たった5分の寄り道です。ちなみにレジデンツの左側はローゼンバッファホーフ(ワインケラー)です。レジデンツの地下もワインケラーになっています。なんとここには試飲室もあります!やっぱりレジデンツといえどもワインは重要ということで(笑)。

また毎年6月頃にレジデンツの皇帝の間、白の間、ホーフ庭園を舞台にモーツアルト音楽祭(Mozartfest)があります。世界各国から一流の演奏家が招かれます。興味がある方は是非どうぞ。

レジデンツは現在修復中です!

階段の間のフレスコ画は現在修復中です。しかし可動式の足場が使われているため、作業中の部分だけ見ることができません。他の大部分は生のフレスコ画を見ることができます。
また2004年夏頃から皇帝の間のフレスコ画の修復が始まる予定です。

レジデンツ レジデンツ レジデンツ

レジデンツ。手前に見えるのがフランコニア噴水(Franconia Brunnen)。1821年まではフランコニア噴水のあたりに格子戸があった。

レジデンツの入り口。昔馬車が入っていたのでとても大きい入り口の門です。

レジデンツの正面のワッペンの拡大。

レジデンツ レジデンツのフランコニア噴水 女神フランコニア

レジデンツの夜景。

フランコニア噴水。中心に女神フランコニア、周りに3人のヴュルツブルクゆかりの人たちの像。

女神フランコニア。手に持っている旗はヴュルツブルクの市旗。

リーメンシュナイダー グリューネヴァルト フォーゲルワイデ

ヴュルツブルク市長も務めた彫刻家リーメンシュナイダー。

画家グリューネヴァルト。

宮廷恋愛歌人フォーゲルワイデ。

レジデンツ レジデンツ レジデンツ

ホーフ庭園(南西側)から見たレジデンツその1。これを見ないで帰るのはもったいない!

ホーフ庭園(南西側)から見たレジデンツその2。

ホーフ庭園(南東側)から見たレジデンツその3。

レジデンツの門 ホーフ庭園 ホーフ庭園

レジデンツの左側の通りにある門。この左はローゼンバッファホーフ(ワインケラー)。

ホーフ庭園には至る所に彫刻があります。

市民の憩いの場ホーフ庭園。日没近くまで開園しています(入り口にその日の閉園時間がかかれている)。

ホーフ庭園 ホーフ庭園

宮廷彫刻家ヴァーグナーによる石像。

宮廷彫刻家ヴァーグナーによる石像。このほかにも多数あります。

ホーフ庭園 ホーフ庭園 ホーフ庭園

夏のレジデンツとホーフ庭園。

石像の周りにも緑がいっぱい。

夏には緑にあふれるホーフ庭園。

ホーフ庭園 ホーフ庭園

秋のホーフ庭園。

秋はとても色彩豊か。

レジデンツ レジデンツ

秋のレジデンツ。

秋のレジデンツ。

レジデンツのケラー レジデンツのケラー

レジデンツ地下のケラー。奥に大きな樽が見える。

ずらっと並んだワイン樽。

レジデンツのケラー レジデンツのケラー

試飲室その1。奥にブドウ絞り器がある。

試飲室その2。なんとなく「大人」用(笑)


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