シーボルト博物館 (Siebold Museum)

鎖国時代の日本を訪れ、長崎の出島に長く住んだ医師シーボルト(Philipp Franz von Siebold)は、父親がヴュルツブルク大学で医学を教えていた関係で、1796年2月17日にヴュルツブルク市で生まれました。

その後シーボルトはヴュルツブルク大学で医学を学びます。1823年に、シーボルトはオランダ王室の命によりインドネシア経由で日本に渡っています。

シーボルトは医者として、日本国内で往診や西洋医学の講義をしました。この日本との交流により、シーボルトは当時の日本の文化を知ることができました。日本人女性「楠本滝」と出会い、1827年に娘いねが誕生します。

1828年、シーボルトの帰国の際、彼は当時御法度だった地図を持っていたことにより、国外追放処分となります(いわゆる「シーボルト事件」)。

その後処分の解除に伴い、1859年に再度シーボルトは日本に滞在し、1862年に帰国しています。そして1866年10月18日に、シーボルトはミュンヘンでなくなりました。

これらを記念して、ここヴュルツブルクには日独の文化交流を旨とする「シーボルト協会」があり、シーボルトを記念した「シーボルト博物館(Siebold Museum)」があります。

シーボルト博物館は市電2番か4番のZellerau方面行きにのって、終点から一つ手前の「Siebold Museum」駅でおります(どこからでも1ゾーンで大丈夫)。この駅につくときだけ日本語で「次はシーボルト博物館です」と車内アナウンスが流れます(笑)からドイツ語わからなくてもオッケーです。

降りたあとは市電の進行方向(Zellerau方面)に向かって道を少し歩くと左手にシーボルト博物館の入り口が見えます。

館内はシーボルト博物館は「シーボルト一家」の博物館と考えておくといいと思います。シーボルト一家が使った様々な品などが展示されています。解説は日本語もありますが、ほとんどは英語とドイツ語と考えておいた方が無難です。

シーボルト博物館 シーボルト博物館

シーボルト博物館。

シーボルト博物館の展示室の様子。見やすい展示です。

シーボルト博物館 シーボルト博物館 シーボルト博物館

2階のすぐ左手にある長崎市提供の展示。

長崎の模型。

シーボルトが日本で研究した物と持ち帰った物。

シーボルト像 シーボルト像

Geschwister-Scholl-Platz(レジデンツから5〜7分いったところ)にあるシーボルトの像。周りは木に囲まれている。

シーボルトの像拡大。


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